Christian Dior and Germany, 1947 to 1957

— 著者 Adelheid Rasche — 出版社 Arnoldsche — 内容紹介 1947年2月に最初のコレクションを発表したChirstian Diorは、たちまち世界のファッションに革命をもたらしました。最も有名なドイツ人ファッションフォトグラファーのHorst P. Horst とWilly Maywaldは、当時最も名声を馳せたイラストレーターのRené Gruauと共に、Diorのニュールックのステージを作り上げ、その経験は忘れられないものとなりました。彼らが撮影したスタイリッシュなスタイルは、当時42歳だったDiorが知っていたシルエットに最終的な仕上げの施しをしたものでした。それは、戦時中の厳しい質素な時代を過ごした後に必要とされていたものだったのです。女性らしいなだらかな肩、非常にほっそりと絞ったウエスト、ボリュームたっぷりに裾が広がったふくらはぎ丈のスカートに、エレガントなアクセサリー。
1947年2月12日に最初のオートクチュール コレクションを発表するとともに幕開けしたメゾンDiorは、ファッション界における再生となったのです。
ニュールック(Dior自身はこれを「花冠のライン」と呼んでいた)は実際、細く絞ったウエストに、生地をふんだんに使用したスタイル、広ぶちの帽子といったものに象徴されるぜいたくと喜びに容赦なくふけっていたベルエポックの輝かしい日々への回帰を表現していました。
Diorは、中産階級の価値観や伝統的なジェンダーの役割への喜ばしい回帰をもたらしたばかりでなく、君主制に古くからの栄光を取り戻させました。Diorの顧客の中にはマーガレット王妃、エリザベス女王、イランの王の最初の妻、ソラヤといった王室の名前もありました。
ドイツでさえも1949年から1953年に行われた魅力的なDiorのファッションショーや1955年にDior自らが西ドイツ中を巡った旅行によって、Diorに夢中になった人々がドイツのファッションを一掃しました。Diorがライセンスを許可したドイツ製品もあり、プフォルツハイムにあるHenkel & Grosseによって製作された有名なBijoux Christian Diorもそのひとつです。10年という短い創作活動期間でChristian Diorほど自らのスタイルを打ちたてたファッションデザイナーは先にも後にも出てきていません。世界中の女性たちが文句のつけようがないスタイリッシュなDiorブランドに信頼を寄せていました。Dior自身が名声の頂点に君臨していたのはわずか10年ほどで、1957年10月23日に心臓発作によりこの世を去りました。
20世紀のファッション界の第一人者である偉大なるデザイナーに賛辞を贈るファッション関連のすぐれた一冊。

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